【鬼の残した地名】 諏訪の民話や伝説

鬼の残した地名

 

うんと大昔、でっかい鬼がいて、方々を荒らびまわっていた。

 

ある時、鬼は、浅間山から、ひとまたぎして蓼科山の天辺に立った。

 

そして、大声で唸ったもんで、諏訪の神様たちは大騒ぎになった。

 

神さまたちは、御座石の森(茅野市本町)へ集まって「どうしたらよかろうか」と相談した挙句、鬼を退治することになった。

 

いにしえの神事を伝え神酒を醸す【御座石神社】

 

さっそく、矢矧宮(やはぎのみや)に集まって、沢山の頑丈な弓矢を作り鬼の来るのを待った。

 

 

粟沢鎮守・武田八幡社 合殿の由来
由緒
創立の年月は不詳であるが諏訪大社関係の鎌倉時代の文献「祝詞段」には「粟沢鎮守」とあり同年代の「上社物忌令」には「昼湛えの神」として諏訪七木の一である粟沢の桜湛えの木の許で神事が行われていた事が記録されていて粟沢部落の歴史の古さを物語っている。

 

主祭神である大巳貴命は土地開発の守護神であり倉稲魂命は五穀豊穣の守り神である。

 

八ケ岳山麓の玄関口として対岸の矢ヶ崎と共に極めて重要なる位置を占めている粟沢は、遠い鎌倉時代からの古い集落でその背後に拡大なる肥沃な農耕地を控えている粟沢の祖先様達にその生活の守護神としてこの二神を祀り鎮守の神産土の神として篤い信仰を捧げて村造り 里帰りをして来たのである。

 

中世に到り諏訪越中守諏訪頼豊が武田家に随身して和田城に據り天文十八年(一五四九)矢作社を改築するに際して山梨県北巨摩郡神山村の武田八幡宮の分霊を勧請して矢作社に合祀して武門の守護神として篤く信仰し爾来田中淡路守澤長門守房重等の武将も和田城鎮護の神として崇拝の城を捧げ明治維新後は再び旧に復し、明治五年に村社に列し 明治四十一年三月二十五日に秋葉社・富士浅間社の三社を合祀して現在に至っている。

 

尚今の建物は江戸時代明和五年(一七六八)に建築したものをその後改築したもである。

 

粟沢区設置の説明板より

 

そうしているうちに、鬼が鬼場に現れたので、神様たちは並び立って弓を力いっぱい引き絞り、一斉に矢を放った。

 

矢は見事に鬼の胸を突き抜けて、矢の先は矢ヶ崎(茅野市本町)まで飛んで行った。

 

たおれた鬼の傷口から、血が吹き出て、あたり一面血の野原(茅野)になった。

 

その後、みんなで鬼の体を焼いたその灰は、はいばら田(植原田)一帯を覆った。

 

 

また、鬼が蓼科山から、ひとまたぎした足跡が、今も、湯川に鬼石として残っている。

 

 

史跡鬼石と石仏群

 

左下の松の根本の大石は、鬼石とよばれ上部に大きな鬼の足跡が窺われる。

 

又、右手斜め上にかけて、馬頭観音を主とする江戸時代からの多くの石仏がある。

 

湯川区設置の説明板より

 

北山ずくだしウォーキングマップ

 

北山ずくだしウォーキングマップより

 

渡戸橋を渡って蓼科高原への旧道の途中に、鬼石という地籍がある。

 

この道脇に、むら人が「鬼石」とよんでいる大きな石があって、その上に鬼のものだと伝えられる縦五十一糎、横二十九糎位の、右足の跡のような形がついている。

 

とても、とても、ずっと大昔の話 鬼が、浅間山から立科山頂へ一とまたぎ、またこの石まで一とまたぎして、次は鬼場まで跨いだ時の足跡だそうだ。立科山へ大きな鬼が出てきたので、神さま方は大騒ぎ。御座石の森へ集まって鬼退治の相談をなされた結果、「それがようござんしょ」と話がまとまって矢矧宮で弓矢を作って待つうち、ぬっと鬼場に現れたので、 矢を放つと見事に命中して、その矢の先はやがさきまでとび、血はちのまで流れ、鬼を焼いた灰は、はいばら 田の一帯をおおったという。

 

昔の人はそれで御座石神社をござんしょの宮と読んでいたなどともいうが、これ は奴奈川姫命のご在所の宮からだし、鬼場の地名はお贄場が変わったのだと説く人がある。

 

鬼は、伝説のデーラン坊(デイラボッチ)のことかと思われるが、大した巨人だったようで、彼の話は諏訪地方 にも多くある。

 

立科山の右肩へ土を盛って、富士山に負けない美しい形を作ろうとデーラン坊は考えて、大泉山と小泉山を 棒を通して担いで来たが、棒が折れたので汗を洗いに諏訪湖に入ったが、湖水の深さは彼の膝しかなかった。

 

足を冷やしながら塩尻峠を枕に一と眠りしているうちに、二つの山は根がはえてとれなくなったのだという。

 

出典:『湯川むら』(茅野市北山湯川区、昭和51年12月20日発行)

 

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昔の人は、御座石神社を、ござんしょの宮として呼んだと言うが、ここは、お明神様のお母さんの高志沼河姫命(こしぬまかわひめのみこと)のご在所であるので、こう呼ばれたのだそうだ。

 

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諸説あり

出典 諏訪のでんせつ 竹村良信 著

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