湖の底からあげられた観音様

小坂観音院から見た東側の諏訪湖

諏訪湖の西の岸に小坂村があり、若者が住んでいました。

 

若者は年をとったお父さんと二人暮らしで、毎日湖へ舟をこぎだして、魚をすくって暮らしを立てていました。

 

ある時、年をとったお父さんは病気になって寝込み、病は日増しに重くなって行きました。

 

若者は、親孝行でしたから夜もろくに眠らず看病しました。

 

湖でとった魚を食べさせたり、よく効く薬を買っては飲ませましたが、若者の苦労のかいもなく病気は悪くなるばかりです。

 

ある夜、お父さんは、とても具合が悪くなり、返事もできないほど苦しんでいました。

 

若者はお父さんの背中を何回もなぜてあげました。

 

どれくらい続けたでしょうか、その内に昼間の疲れから、つい、若者はウトウトしました。

 

すると、夢枕に観音様が立ちました。

 

「おまえが、お父さんによくつくすので感心しています。湖の底から私を拾い上げてくれれば、お前のお父さんの命を救ってあげましょう。」

 

そう告げたかと思うと、パッと消えました。

 

若者は驚いて目を覚ましました。

 

お父さんは、今にも息が絶えそうです。

 

若者は、夜が明けると同時に湖に舟を漕ぎ出し観音様を探しました。

 

湖の南、東、北、真ん中と舟から身を乗り出し、目を水にくっつけて探し求めましたが、観音様の姿は見つかりませんでした。

 

「やっぱり夢だったかや」

 

若者は、一日中探し回った疲れからぐったりして、諦めて舟を戻しかけました。

 

もう、お日さまは、西山に入る夕暮れ時でした。

 

金色の光を、湖へいっぱい投げて、金の水になっていました。

 

すると、どこからか今まで一度も見たことがない、目がくらむほどまばゆい金の鳥がスーっと現れました。

 

ふしぎな鳥は、若者の周りをぐるぐる回り、どこかに案内しようとしているように見えました。

 

若者は、鳥に導かれ艪(ろ)をこぎました。

 

金の鳥は、ゆっくり、湖の真ん中へ進み、若者は、まるで糸ででも引かれるように、その後に続きます。

 

湖の真ん中へやって来た時、金の鳥は、あっという間にどこかに消えました。

 

「おやっ」

 

目の前の湖の中からボーっと一筋の金の光が立ち上がっているのです。

 

若者は舟から身を乗り出して、光の出ている湖の底をじっと覗き込みました。

 

「あっ! 昨夜の観音様だ」

 

湖の底に、観音様が沈んでいるのを見つけました。

 

落とさぬようにそっと舟に引き上げると、優しく、暖かなお顔をして、どっかりとおすわりになり、頭の上に十一の顔をのせた十一面観音様でした。

 

若者は、ビクの上へ観音様を置き、お祈りしました。

 

「もってねえ、もってぇねえ。観音様、おねげぇさまだ。おとっさまの病気を治しとくんなして。」

 

頭を舟底までつけて、何遍もお祈りしました。

 

家へついてみると、なんとまぁ不思議なことでしょう。

 

あれ程弱っていたお父さんがすっかり元気になっているのです。

 

若者はお父さんと手を取って喜びました。

 

若者とお父さんは、家の中へ大事に置いて、朝夕お祈りしましたが、家の中に置いてはあまりにも勿体ないので、村人と相談して丘の上へ立派な観音堂を作って収めました。

 

そこは、諏訪湖を目の前に眺め、諏訪の平をひと目で見渡し、東に八ヶ岳の峰を仰ぎ、西に雲の間から槍ヶ岳を望むすばらしいながめの良いところでした。

 

村人は、毎日お参りしました。

 

観音様は、病気の人を治し、悩んでいる人を慰め、悲しんでいる人を励まし、みんなを幸せにしました。

 

噂が広まり、遠くの人たちもお参りに来るようになりました。

 

この観音様をおさめてあるのが小坂観音であり、今でも魚籠(ビク)の上に安置されているという。

 

 

そのころ、弘法大師というたいそう立派なお坊さんが、この観音様を参拝されました。

 

そして、突いてきた杖を庭へ立てられました。

 

すると不思議、この杖が柏槇(びゃくしん)という木になり、千有余年たった今も生き続いています。

 

土地の人はこれを「たから木」とよび、観音様と一緒に大事にしています。

 

小坂観音の民話や伝説を知りたければ、こちらを参考にしてほしい。
「ものがたり」が交差する場所【小坂観音院】

 

諸説あり

出典 諏訪のでんせつ 竹村良信 著


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