古き神「ミシャグジ」とは何か

諏訪圏域は今もなお縄文の神が現代の暮らしの中に息づいている稀有な地である。日本では、「森には神が住んでいる」もしくは、「神が降りてくる」とされている。これが「鎮守の森」の思想である。これを「神籬(ひもろぎ)」という。

 

諏訪の神は、日本の神々の中でもひときわ古い神である。とくに「ミシャグジ」は縄文か、あるいはさらに古い時代から信仰されてきた神であるかもしれない。石に降りる神、森に住まう神、その信仰を体現する神の呼び名が「ミシャグジ」である。

 

建御名方神が祀られる以前、この地の神は、縄文時代から連綿と信仰されてきた。ミシャグチ、御社宮司神、御佐口神、御石神、社貢寺、釈地など多種多様な表記があって、神長官・守矢氏が邸内で祀る神も「ミシャグジ(御社宮司)」である。これは、文字のない時代から口伝されたことを示している。

 

諏訪大社の祭政体は現人神、諏訪明神に降りてくるミシャグジ神を中心に営まれてきた。そのミシャグジ神の祭祀権を持っていたのが守矢神長官家であり、祭祀を取り仕切ってきた。一方、建御名方神の子孫である諏訪氏は「大祝」という生神(諏訪明神の依代)の地位に着く。諏訪氏が最初に居住し、祭祀を行っていたのが現在の前宮である。しかし、大祝は事実上の祭祀権を握ることはなかった。

 

神降ろしの力や、神の声を聞く力は神長官のみが持つとされており、諏訪氏が諏訪明神になるには、神長官守矢氏の力が必要であった。筆頭神官である神長官の降ろしたミシャグジを身につけて初めて、現人神大祝、すなわち諏訪明神になれたのだ。すなわち、ミシャグジ祭祀は神長官のものであったために、この地の信仰及び政治の実権は守矢家が持ち続けることになった。つまり、別々の信仰が二重構造になっているのが諏訪信仰である。

 

諏訪大社上社本宮の場所は、もともと何かを礼拝する古式の場所であった。その後、建御名方神のために本宮が建立されたのである。この時から、諏訪信仰というものがミシャグジ信仰からタケミナカタ信仰へと変換されたといえる。諏訪圏域にとっては歴史的大転換がおこったのである。